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ねぇくるみ
~ 僕らは今日もきみを想う ~
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ママになった日
「くるみちゃんママ」 今では当たり前のようにそう呼ばれる私ですが、 最初はその響きが自分の中にうまく着地しませんでした。 くるみとパパが歩んできた13年の軌跡。 その続きを共に描くことになった私にとって、 「ママ」という言葉は、 借り物の服のように落ち着かないものでした。 ************************************************* くるみとの初めての出逢いから、 しばらくして三人での暮らしが始まりました。 再び始まった、犬のいる風景。 毎日の散歩、触れ合う時間、 三人で過ごすおうち時間。 そのすべてが新鮮で、楽しくて、 仕事の疲れも一瞬で消えるほど癒されていました。 心の底から「幸せだな」と、 毎日の生活を噛み締めていたんです。 けれど、三人で過ごしている時には見えない くるみとの「距離」を、 ふとした瞬間に思い知らされることがありました。 パパが出かけて初めて二人でお留守番をした日、 くるみは、 不安げに玄関のドアをじっと見つめたまま動かず、 パパが帰って来るまで鳴き続けました。
4月19日


ねぇくるみ
ねぇくるみ 今日はきみの はじめての命日だよ。 僕はあの日を思い出して苦しくなったり、 きみへの想いが今も変わらないことに 温かい気持ちになったり、 なんだかとても複雑だよ。 でも、思っていたより穏やかに過ごしてる。 きみにとってはどんな日なんだい。 誕生日や、うちの子記念日とは違って、 盛大に祝われるようなもんでもないしね。 へんな気分だろ。 でも、みんなに注目されるのが大好きだから 結構よろこんでるかもしれないね。 さっき、Instagramに動画をアップしたから みんながきみのことを想ってくれているはずだよ。 今日もベランダで日向ぼっこをしながら 上目遣いでこっちを眺めていたから ちゃんとわかってるだろうけど、 僕らはきみの話をしながら一日を生きたよ。 この一年間、 毎日ずっとそうしてきたのと同じように。 ねぇくるみ 僕は、 Blogでも、Instgramでも きみと過ごした最後の朝の、 最後の瞬間がどんな様子だったかを 書いたことはない。 それは僕らだけのものだから。 大切に胸のなかにしまってあるよ。 取り出してみると棘のように刺さるけど
4月11日


永遠
くるみが旅立った、4月。 季節は一巡りして、 何事もなかったかのような顔で また僕らのもとに戻ってきました。 くるみを火葬しているとき、 すぐ近くの公園には桜が咲いていて、 花びらがヒラヒラと舞い落ちる。 春の匂いがすると、 あの日の光景が鮮明に蘇ります。 きっとこれからも、 僕らにとって春は特別な、 そして胸が締め付けられる そんな季節になっていくのでしょう。 よく、人の感情や記憶は 匂いや音と密接に関係していると言いますが、 僕はこの季節になると思い出す歌があります。 当時はあまりに鋭く胸をえぐられて、 聴くことができなかった曲。 Mr.Childrenの『永遠』です。 ********************************************** 桜舞う遊歩道 花火あがる夜の浜辺 ヒラヒラ キラキラ 記憶の中で光ってる レンズを向けるたび 顔を背けていたのは 照れてるだけだと 理解しようとしてきたんだ 彷徨えば彷徨うほど 出口から遠く離れる迷路みたい 今も答えを探して歩いてんだよ 君のいない場所で 独りきり シャッターを押す人
4月4日


お迎えの日のこと
以前のブログで、 くるみに出会った日のことを書きました。 今日はお迎えした日のこと。 2009年、2月。 僕らは帰省していた地元・仙台のペットショップでくるみに出会いました。 過去記事:「すべてのはじまり」はこちら その日から僕らは、「桃ちゃん」と呼ばれていた この小さなフレブルに夢中になるわけです。 当時、僕は仕事がうまくいっていなくて、数か月後には退職する予定でした。しかも、貧乏。彼女であるAtsuママと、小平のワンルームの部屋で生活していました。しかもペット不可物件。 だから、かわいいフレンチブルドッグに出会ったからってお迎えできる状況ではありませんでした。 でもね、そんな僕らにも 「桃ちゃん」は希望を与えてくれました。 それは、信じられないくらい安かったから。 当時、フレンチブルドッグは個体数も少なく、希少でした。今はどこのペットショップに行っても結構目にする機会が増えましたが、17年前はそうでもなかった気がします。当然、値段も何十万もする子ばかりで。 でも、「桃ちゃん」は8万円でした。 これは上京して数年の 25歳にも頑張れば手が届く金
3月11日


【出逢い】
「 過ごした時間の長さ 」= 「 愛の大きさ 」 くるみと出逢うまで私は、そう思っていました。 でも今は、 必ずしもそうではないと感じています。 なぜなら—— くるみの16年5ヶ月という犬生の中で、 私と過ごした時間は、 わずか3年間だったからです。 決して長くはない時間。 けれどその3年間は、 10年、15年にも感じれるほど、 濃く、深く、私の中に残っています。 もちろん、 長い時間を共に歩んできた日々には、 その積み重ねにしか生まれない深さがあります。 でも、 大切なのは長さではなく、 その時間をどう重ねるのか。 そう私に教えてくれた くるみとの出逢いのお話です。 ************************************************* くるみと出逢う、約一か月前。 愛犬で、 親友のような存在だった チャーたんが旅立ちました。 けれどチャーたんの親の、 テリー、メイに続き 私はその最期に立ち会う事ができなかったのです。 心の中には、 拭いきれない「後悔」が残り続けていました。 そばに
2月26日


憂鬱な夢をみた朝に
何故かよくわからないけど、 「去年の今頃は...」って 考えることありませんか。 じっくり考えてるつもりはないけど、 僕もふと、 そんなことを考えていることがあります。 去年の今頃は、 やっぱりしんどかった。 年明けくらいから、くるみの体調は目に見えて悪くなっていったし、老化のスピードも数段ギアが上がったように感じました。 毎日が緊張と緩和の連続。 でも、それを表に出してはいけないと思い、 精神がぐちゃぐちゃな時期でした。 「不安はあるけど、今日を楽しまなきゃ」 「気持ちを強くもたなきゃ」って 毎日自分を奮い立たせてた。 SNSではなるべく穏やかに過ごすくるみを見ていただきたいと思って発信していたけど、やっぱり発作が起こったり、食欲が落ち、どんどん体重が減っていくことに、隠しきれない不安と動揺を抱えて過ごしていたなぁと思います。 真夜中に認知症で吠えるくるみを抱きかかえながら、迫りくる別れの足音に怯えるように過ごした日々。 最近ね、その頃の夢をよく見るんです。 その世界線ではくるみはまだ生きていて、僕らは一生懸命介護してる毎日。憂鬱な気持ちになる
2月23日


きみの四時間、僕の四時間
僕らは2025年7月にWe LOVE KURUMI WEB STOREを立ち上げ、くるみグッズの販売収益の一部を犬猫保護活動をされている団体に寄付するようになりました。 僕たちがWe LOVE KURUMIやmementoを通して寄付をさせていただいているのは、大阪や関東で犬猫の保護活動をしておられる、認定NPO法人・てとてとしっぽさんです。 僕がてとてとしっぽさんを見つけたのは、くるみのInstagramからでした。たくさんの犬猫保護団体がある中で、とくにいいなと感じたのは、経費がしっかり公開されていること。そして、「ファミリーサポート」という看取りケアに力を入れて活動しておられるという、この2点でした。 動物愛護センターや保健所などに持ち込まれる子は、高齢で病気を患っている子の比率が高いそうです。若くて健康な子は次の引き取り手が見つかりやすいものの、そうでない子は優先的に殺処分に回されてしまう。 だから、てとてとしっぽさんはファミリーサポートという制度を設け、殺処分対象の子から優先的に保護しているわけです。当然、高齢の子や闘病中の子は譲渡先が
2月16日


きみじゃなきゃ
2026年2月11日 今日はくるみの月命日。 あと少しで一周忌を迎えるなんて なんだか信じられません。 あっと言う間な気もするし、 いつもいつもそばに感じてるから そんなに長い間会っていないのか... とも思ったり。 以前のブログでご報告しましたが、 僕らは昨年7月からWe LOVE KURUMI Web Storeでの販売収益の一部を犬猫保護団体さんに寄付するようになりました。 その後、mementoでも寄付をさせていただくようになり、今は外部サポーターとして、その団体の活動を支援しています。 その団体は大阪を中心に活動している 認定NPO法人・てとてとしっぽさんです。 ここで学んだことや、感じたことは、 後日改めてブログに書こうと思います。 僕らは時々、てとてとしっぽさんの「譲渡会」や「シニアしっぽの会」の際に、保護っ子たちに会いに行くのですが、本当にみんな素敵な子ばかりです。 まだまだやんちゃな子、 のんびり過ごしているシニアの子、 病気と懸命に闘っている子。 犬種も年齢もさまざまですが、 みんなそれぞれ光り輝く魅力を持っています。 あ、そ
2月11日


あの頃のこと
みなさん、はじめまして。 renaママです。 いつもはパパが書いているこのブログですが、 この「In Her Eyes」(彼女の視点)では、 私がくるみと出逢い、 共に過ごす中で感じた変化や、 その後の時間の中で生まれた想いを 私の視点で少しずつ綴っていけたらと思います。 振り返ってみると、くるみと出逢う前の私は、 長い間、「愛犬との別れ」から目を背ていたように思います。 ***************************************************** 少し時間をさかのぼって、 私の過去の話から始めますね。 私は小学生の頃から 実家で犬を飼っていました。 チワワの男の子、テリー。 チワワの女の子、メイ。 そして、 その二匹の間に産まれた男の子、 チャーたん。 家に帰れば当たり前のようにそこにいて、 散歩をして、 一緒の布団で寝て、 たまに喧嘩をして共に年を重ねていく、 兄弟であり友達のような存在。 しかし、私が大人になるにつれて、 実家を離れ暮らすようになりました。 仕事や日々の生活に追われ、 自分のことで精一杯で、 三
2月5日


In Her Eyes
新しい連載がはじまります。 カテゴリーネームは 「In Her Eyes」(彼女の視点) です。 「ねぇくるみ~僕らは今日もきみを想う」は、 僕、くるみパパが書き綴ってきました。 くるみとの生活、 介護や闘病、 くるみ亡き後の僕らの暮らし、 そして、mementoの話。 今回、新しくスタートする 「In Her Eyes」では、 語られる物語はすべて Renaママの視点で進行します。 ふたりの愛は16年かけて 築き上げられたものではありません。 神様がふたりに与えてくれた時間は、約3年。 この“3年”という限られた時間の中で、 濃密な、硬い絆を結んだくるみとRena。 なぜ、 彼女はくるみを深く愛するようになったのか。 そこに、どんな心境の変化があったのか。 「大事なのは、過ごした時間の長さじゃない」 Rena本人が素直に綴ることばのひとつひとつが きっと、みなさんの胸を打つはずです。 「In Her Eyes」 初回は明日、配信します。 お楽しみに。 ***********************************************
2月4日


僕はいつかきっと、くるみのことを忘れてしまう。
僕はいつかきっと、 くるみのことを忘れてしまう。 もし、何もしなかったらね。 ここで言う「忘れる」というのは、 存在そのものがわからなくなる、 という意味ではありません。 こころの中に占める割合が、 少しずつ減っていくという意味です。 円グラフを想像してみてください。 どんなに有能な人でも、 こころの容量は100%しかありません。 仕事、家族、恋人、友人、趣味。 いろいろな項目が、こころの中で、 領地を取り合っています。 比率は、いつも変動します。 たとえば、転職したばかりの時は仕事の割合が増えるし、慣れてくれば少しずつ下がっていく。 犬やペットも同じです。 元気な頃より、シニア期や介護期のほうが、こころの中で占める割合は大きくなるかもしれません。 ごはんを作る。 おむつを替える。 病院に連れて行く。 治療について悩む。 自分で出来ていたことが減って、手助けが必要になると、日常の中に、たくさんの「接点」が生まれるからです。 でも、肉体がなくなれば、 その接点は一気に無くなってしまう。 だから、こころの中の割合が減っていくのは、ある意味、とても自然
1月28日


IN LOVING MEMORYを振り返って
昨年、12月21日にmementoの主催でくるみとトーラスの追悼イベント「IN LOVING MEMORY」を開催しました。 少し遅くなりましたが、ご協力・ご参加いただいたみなさまへの感謝を胸に、感想を書き綴ってみようと思います。 会場を提供してくださったトーラスカフェにこの提案をしに行ったのは、10月のこと。お二人とも僕らの提案にこころよく応じてくださいました。 そこから2か月間、 イベント準備の日々がはじまるわけです。 しかし、「くるみとトーラスの追悼式」という前例のないイベントなので、何から手をつけようか…試行錯誤の日々でした。 そこで、イベントの柱として考えたのが、ふたつの参加型企画です。 ・Message to TORUS&KURUMI -愛の手紙展- ・Your Love in Lights -光の記憶展- このふたつを採用したのは、mementoが打ち出している、「肉体がここにあるか、目に見えるかは重要ではない」という考え方を多くの方に理解していただきたいと思ったからです。たとえ遠方に住んでいて来場できなくても、想いを寄せること
1月11日


ありがとう、2025年
2025年が終わろうとしています。 今年一年を振り返ってみると、 くるみの身体を見送ったこと―― それがすべてでした。 その日のことはなるべく思い出さないようにしているけど、本当に悲しかったし、自分の人生で一番泣きました。 僕ね、あんまり家族を含めて人前で泣かないタイプなんですが、あの日はRenaママ、すぐに駆けつけてくれたAtsuママ、Mさんを差し置いて泣きわめきました。 普段のように人に気を遣ったり、人目を気にすることもなく、まるで世界に自分とくるみしかいないかのように。 ありのままの自分でくるみの死に向き合った、 そんな時間でした。 2023年11月にくるみの介護期が始まって以来、 ずっと別れの足音に怯えながら生活してきました。 次はお花見、 次は花火大会、 誕生日に、クリスマス... 「まだまだ」 「もっともっと」 設定した目標をいくつクリアしても「一緒にいたい」という欲は際限がありません。 でも、物事にはかならず はじまりと、終わりがある。 すべてのことは「期間限定」です。 永遠なんてものは存在しない。 だからこそ、 今を大切にしないと
2025年12月31日


“LOVE IS IMAGINATION”
LOVE IS IMAGINATION ― 愛とは想像力 ― 今回、くるみとトーラスの追悼イベント 「IN LOVING MEMORY」を開催するにあたり、初期段階から「IMAGINATION(想像力)」をテーマにした“何かメッセージ性のあるもの”を作りたいと考えていました。 そして約1か月の時間をかけ、 ようやくこの特別なイラストが完成しました。 今は、生成AIや合成技術を使えば、 どんな画像でも簡単に作れてしまう時代です。 だからこそ僕が、人間だからこそ持てる想像力をフルに働かせて描いたイメージを、同じく生身のイラストレーターの方に、想像力の限りを尽くして形にしていただきました。 ************************************************* 埼玉県・久喜市にあるTORUS CAFE。 今回の「IN LOVING MEMORY」を開催する舞台となる場所です。 大阪で人生の大半を過ごしたくるみは、 TORUS CAFEに行ったこともなければ、 看板犬のトーラスくんに会ったこともありません。 でも、そんな事実
2025年12月19日


きみのお気に入りの服
ある日、 何気なく大量に残されたくるみの服の山を眺めていた時のこと。 突然、ずっしりと重苦しい何かが僕のこころにのしかかってきました。 「もうこの服たちをくるみに着せることはないのか…」 「もう誕生日やクリスマスのプレゼントに、 どんな服をあげようか悩むことはないのか…」 思えば、この残された服たちにはたくさんの楽しみをもらいました。 どんな色が似合うか、選ぶ楽しみ。 新しい服を着て、出かける楽しみ。 そして、思い出の場所で、写真を撮る楽しみ。 「服」という物質を通して、その全てがなくなっちゃったんだ…と感じたことで、「くるみの肉体がない」という現実が僕の中でより色濃くなった気がしたのかもしれません。 このブログを読んでいるみなさんの中にも、そんな感情を味わったことがある方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。 ************************************************* この悲しみにも似たネガティブな感情を、何とかひっくり返してやろうと考えに考えた結果、mementoから新しい商品が生まれました。 商品名
2025年12月11日


IN LOVING MEMORY
いつもご覧いただいているみなさんにお知らせです。 年末、くるみの追悼イベントを開催します。 場所は、埼玉県久喜市。 フレンチ・ブルドッグ愛好家が集う、TORUS CAFEです。 日付:2025年12月21日(日) 場所:TORUS CAFE 住所:〒349-1128 埼玉県久喜市伊坂南3-28-2 今年、くるみが旅立った約2か月後、TORUS CAFEの看板犬・トーラスくんも静かにこの世界での歩みを終えました。 実は、僕はTORUS CAFEのオーナーさんと以前の仕事で親交があったのですが、僕が関西に転勤になったため、トーラスくんには会ったことはありませんでした。 お互いにInstagramを通して面識はあったのですが、くるみとトーラスくんを会わせることはできず。 僕らの人生にとって大きな大きな試練となったこの2025年を締めくくるにあたり、ふたりを想い、喜びも悲しみも共有する場を設けたいと思っていました。 そこで今回、mementoの企画でくるみとトーラスの追悼会をやりませんか、ともちかけたところ、快く受け入れていただきました。 IN L
2025年11月24日


HAPPY BIRTHDAY DEAR KURUMI
2025年11月4日 くるみは17回目の誕生日を迎えました。 残念ながらくるみの肉体は不在の誕生日。 考えてみれば、これははじめての経験なんですよね。 今年の初め頃、11月の誕生日を一緒に迎えられるんじゃないか...なんて淡い期待を抱いていました。でも、そこからの数か月。坂道を転がるように体力が落ちていく様子を思うと、かなり難しい願いだったんだということを痛感します。 1月、2月、3月、 そして4月は、本当に「急降下」としか言いようがない落ち幅でした。 食欲も落ち、体重も落ち、体力も落ち。 認知症はどんどん進行していくし、 関節が動かしづらくなって歩行も困難に。 よくフォロワーさんから「自分の愛犬が衰えていくのが辛い」とメッセージをいただくことがありますが、その気持ち痛いほどよくわかります。 「一緒に過ごせる今日を大切に生きよう」と頭では解っていても、不安な気持ちがこころに影を落とす日々でした。 でも、こうやってくるみの肉体なき今も、僕らはくるみの誕生日を祝い、今年もたくさんの方にお祝いのメッセージをいただきました。本当にありがとうございます。.
2025年11月11日


すべてのはじまり
くるみを我が家にお迎えした時の話は、以前Instagaramでしたことがありますが、知らない方もいらっしゃると思うので、もう一度書き残しておこうと思います。 今回はお迎えした日ではなく、 出会った日のお話。 2009年2月 当時、僕は25歳。前年に出身地の仙台を離れて東京へ上京してきたばかり。東京・小平にあるワンルームで、彼女(Atsuママ)と同棲していました。期待を胸に田舎を飛び出してきた割に、仕事や都会の生活に馴染めず、悶々と不満や不安を抱えて暮らしていました。 そんなある日、僕と彼女は少し遅い正月休みをもらって地元仙台に帰省しました。ふたりとも販売員のお仕事をしていたので、お正月はずっと仕事。世間のカレンダーからはちょっとずれた、遅い冬休みでした。 ひさしぶりの仙台の街。とくに行く当てもなくぶらぶらしていた僕らは、一番町の端っこで、吸い寄せられるように1件のペットショップに立ち寄ります。そこで出会ったのがくるみでした。 くるみは2008年11月生まれなので、その時は生後3か月ほどで、まだとても小さく可愛かったのを覚えています。...
2025年11月1日


きみは...
ペットを家族のように、もしくはそれ以上の愛情を注いで育てる人が増えている昨今。 「あなたにとって、○○ちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、みなさんはどのように答えますか。 家族のような 友達のような 宝物のような いろいろな答えが返ってきそうです。 (ぜひ、コメント欄やDMで教えてくださいね。) もし僕がみなさんから「あなたにとって、くるみちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、どう答えるかな。 ひとつに絞るのはとっても難しいですよね。 もちろん家族だし、親友であり、 時に恋人のような存在でもある。 僕は子供がいないので、 娘のように大切に思う気持ちもあります。 でも、くるみの肉体が無い今、 どれか一つと言われたら── それは「こころ」かもしれません。 今まで僕は、いろいろ悩んだり、迷ったりしたときに「ねぇくるみ...」と問いかけてきました。 それはくるみの肉体が無くなった今も変わりませんし、むしろ、より強くなったようにも感じます。 ご存じの通り、こころには形がありません。 「くるみだったらどう思うかな」 そう思うこと自体が、 こころの在
2025年10月21日


くるみへのラブレター
くるみが旅立ってから半年が経ちました。 今、僕らはくるみの墓碑を準備しています。 墓碑の樹種(木の種類)が決まり、 刻印するシンボルマークが決まり、 名前や生没表記のフォントが決まり。 最後に、くるみに送るメッセージです。 以前にもBlogで少しお話ししましたが、 memento(メメント) はくるみが旅立ったあと、僕らが前向きに生きていくために立ち上げたブランドです。 カテゴリーとしては「ペットメモリアル」なので、=ペットのためのブランドと思われがちですが、どちらかと言うと飼い主さんのためのブランドだと思って活動しています。 「死や喪失」という暗く悲しい側面にフォーカスするのではなく、「共に過ごせた時間への感謝」と「それを生きる力につなげていく」ということ。 それがこのmementoというブランドの存在意義です。 ************************************************* この話をBlogやInstagramでするのは初めてなんですが、以前、テレビでこんなシーンを目にしました。 それは「孤独死」をテーマに
2025年10月14日
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