あの頃のこと
- rena k
- 14 時間前
- 読了時間: 3分
みなさん、はじめまして。
renaママです。
いつもはパパが書いているこのブログですが、
この「In Her Eyes」(彼女の視点)では、
私がくるみと出逢い、
共に過ごす中で感じた変化や、
その後の時間の中で生まれた想いを
私の視点で少しずつ綴っていけたらと思います。

振り返ってみると、くるみと出逢う前の私は、
長い間、「愛犬との別れ」から目を背ていたように思います。
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少し時間をさかのぼって、
私の過去の話から始めますね。
私は小学生の頃から
実家で犬を飼っていました。
チワワの男の子、テリー。
チワワの女の子、メイ。
そして、
その二匹の間に産まれた男の子、
チャーたん。
家に帰れば当たり前のようにそこにいて、
散歩をして、
一緒の布団で寝て、
たまに喧嘩をして共に年を重ねていく、
兄弟であり友達のような存在。
しかし、私が大人になるにつれて、
実家を離れ暮らすようになりました。
仕事や日々の生活に追われ、
自分のことで精一杯で、
三匹と過ごす時間は少しずつ少しずつ
私の日常から薄れていったのです。
その時の私は、あの子たちが毎日
どんな気持ちで過ごしているかなんて
気づくことができませんでした。
そんな生活がしばらく続く中、
母親から久しぶりに連絡が入ります。
テリーが大好きだった
お散歩に行かなくなったこと。
ご飯を残すようになったこと。
そして、一日のほとんどを寝て過ごしているよと。
この時はじめて愛犬の衰えを実感し、
頭をよぎったのは「寿命」という言葉。
突然心配になった私は、
久しぶりに実家へ帰ることにしました。
そこにいたのは、
私が想像していた以上に毛色が白くなり、
身体もすっかり小さくなってしまったテリー。
それは、私が目を背けていた間に
少しずつ時間を重ねてきたという
「現実の姿」でした。
かつて、私が走ると嬉しそうに追いかけてきてくれたあの頃から、ずいぶん時間が経ってしまっていたのだと、その時はじめて気づいたのです。
それからは、
なるべく一緒に過ごすようにはしていたものの、
日に日に小さくなっていく身体を前に、
残された時間を突きつけられているようでした。
そばにいたい気持ちはあるのに、
現実を見るのが辛く、
会うたび自分の気持ちが壊れてしまいそうで、
目を背けるように実家へ向かう足は
日に日に重くなっていました。
そして、その知らせは突然でした。
私は、最期をみとることはできませんでした。
心の中に残ったのは、
悲しみと、さみしさと、大きな後悔。
それだけでした。
あまりのショックと後悔で、
現実と向き合う事を避けました。
自分の感情をごまかすように、
できる限り気持ちや思い出に蓋をして、
私はただ仕事に向かう毎日に戻っていきました。
向き合うことを避けたまま時間だけが過ぎていき、そうこうしているうちに、メイ、そしてチャーたんも、立て続けに旅立っていってしまいました。
私はとうとう、三匹とも
最期をみとることはできなかったのです。
今振り返ると、
あの頃の私はあの子たちとの時間よりも、
「自分の心を守ること」に
必死だったのかもしれません。
けれど、
目を背けるように過ごした時間が、
後になって「一番大きな痛み」
として自分に返ってきたように感じています。
そんな後悔と寂しさが消えない日々を送っていた頃に出逢ったのが、「くるみ」でした。
この続きはまた今度、、、

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