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ねぇくるみ
~ 僕らは今日もきみを想う ~
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ねぇくるみ
ねぇくるみ 今日はきみの はじめての命日だよ。 僕はあの日を思い出して苦しくなったり、 きみへの想いが今も変わらないことに 温かい気持ちになったり、 なんだかとても複雑だよ。 でも、思っていたより穏やかに過ごしてる。 きみにとってはどんな日なんだい。 誕生日や、うちの子記念日とは違って、 盛大に祝われるようなもんでもないしね。 へんな気分だろ。 でも、みんなに注目されるのが大好きだから 結構よろこんでるかもしれないね。 さっき、Instagramに動画をアップしたから みんながきみのことを想ってくれているはずだよ。 今日もベランダで日向ぼっこをしながら 上目遣いでこっちを眺めていたから ちゃんとわかってるだろうけど、 僕らはきみの話をしながら一日を生きたよ。 この一年間、 毎日ずっとそうしてきたのと同じように。 ねぇくるみ 僕は、 Blogでも、Instgramでも きみと過ごした最後の朝の、 最後の瞬間がどんな様子だったかを 書いたことはない。 それは僕らだけのものだから。 大切に胸のなかにしまってあるよ。 取り出してみると棘のように刺さるけど
4月11日


永遠
くるみが旅立った、4月。 季節は一巡りして、 何事もなかったかのような顔で また僕らのもとに戻ってきました。 くるみを火葬しているとき、 すぐ近くの公園には桜が咲いていて、 花びらがヒラヒラと舞い落ちる。 春の匂いがすると、 あの日の光景が鮮明に蘇ります。 きっとこれからも、 僕らにとって春は特別な、 そして胸が締め付けられる そんな季節になっていくのでしょう。 よく、人の感情や記憶は 匂いや音と密接に関係していると言いますが、 僕はこの季節になると思い出す歌があります。 当時はあまりに鋭く胸をえぐられて、 聴くことができなかった曲。 Mr.Childrenの『永遠』です。 ********************************************** 桜舞う遊歩道 花火あがる夜の浜辺 ヒラヒラ キラキラ 記憶の中で光ってる レンズを向けるたび 顔を背けていたのは 照れてるだけだと 理解しようとしてきたんだ 彷徨えば彷徨うほど 出口から遠く離れる迷路みたい 今も答えを探して歩いてんだよ 君のいない場所で 独りきり シャッターを押す人
4月4日


憂鬱な夢をみた朝に
何故かよくわからないけど、 「去年の今頃は...」って 考えることありませんか。 じっくり考えてるつもりはないけど、 僕もふと、 そんなことを考えていることがあります。 去年の今頃は、 やっぱりしんどかった。 年明けくらいから、くるみの体調は目に見えて悪くなっていったし、老化のスピードも数段ギアが上がったように感じました。 毎日が緊張と緩和の連続。 でも、それを表に出してはいけないと思い、 精神がぐちゃぐちゃな時期でした。 「不安はあるけど、今日を楽しまなきゃ」 「気持ちを強くもたなきゃ」って 毎日自分を奮い立たせてた。 SNSではなるべく穏やかに過ごすくるみを見ていただきたいと思って発信していたけど、やっぱり発作が起こったり、食欲が落ち、どんどん体重が減っていくことに、隠しきれない不安と動揺を抱えて過ごしていたなぁと思います。 真夜中に認知症で吠えるくるみを抱きかかえながら、迫りくる別れの足音に怯えるように過ごした日々。 最近ね、その頃の夢をよく見るんです。 その世界線ではくるみはまだ生きていて、僕らは一生懸命介護してる毎日。憂鬱な気持ちになる
2月23日


きみじゃなきゃ
2026年2月11日 今日はくるみの月命日。 あと少しで一周忌を迎えるなんて なんだか信じられません。 あっと言う間な気もするし、 いつもいつもそばに感じてるから そんなに長い間会っていないのか... とも思ったり。 以前のブログでご報告しましたが、 僕らは昨年7月からWe LOVE KURUMI Web Storeでの販売収益の一部を犬猫保護団体さんに寄付するようになりました。 その後、mementoでも寄付をさせていただくようになり、今は外部サポーターとして、その団体の活動を支援しています。 その団体は大阪を中心に活動している 認定NPO法人・てとてとしっぽさんです。 ここで学んだことや、感じたことは、 後日改めてブログに書こうと思います。 僕らは時々、てとてとしっぽさんの「譲渡会」や「シニアしっぽの会」の際に、保護っ子たちに会いに行くのですが、本当にみんな素敵な子ばかりです。 まだまだやんちゃな子、 のんびり過ごしているシニアの子、 病気と懸命に闘っている子。 犬種も年齢もさまざまですが、 みんなそれぞれ光り輝く魅力を持っています。 あ、そ
2月11日


あの頃のこと
みなさん、はじめまして。 renaママです。 いつもはパパが書いているこのブログですが、 この「In Her Eyes」(彼女の視点)では、 私がくるみと出逢い、 共に過ごす中で感じた変化や、 その後の時間の中で生まれた想いを 私の視点で少しずつ綴っていけたらと思います。 振り返ってみると、くるみと出逢う前の私は、 長い間、「愛犬との別れ」から目を背ていたように思います。 ***************************************************** 少し時間をさかのぼって、 私の過去の話から始めますね。 私は小学生の頃から 実家で犬を飼っていました。 チワワの男の子、テリー。 チワワの女の子、メイ。 そして、 その二匹の間に産まれた男の子、 チャーたん。 家に帰れば当たり前のようにそこにいて、 散歩をして、 一緒の布団で寝て、 たまに喧嘩をして共に年を重ねていく、 兄弟であり友達のような存在。 しかし、私が大人になるにつれて、 実家を離れ暮らすようになりました。 仕事や日々の生活に追われ、 自分のことで精一杯で、 三
2月5日


僕はいつかきっと、くるみのことを忘れてしまう。
僕はいつかきっと、 くるみのことを忘れてしまう。 もし、何もしなかったらね。 ここで言う「忘れる」というのは、 存在そのものがわからなくなる、 という意味ではありません。 こころの中に占める割合が、 少しずつ減っていくという意味です。 円グラフを想像してみてください。 どんなに有能な人でも、 こころの容量は100%しかありません。 仕事、家族、恋人、友人、趣味。 いろいろな項目が、こころの中で、 領地を取り合っています。 比率は、いつも変動します。 たとえば、転職したばかりの時は仕事の割合が増えるし、慣れてくれば少しずつ下がっていく。 犬やペットも同じです。 元気な頃より、シニア期や介護期のほうが、こころの中で占める割合は大きくなるかもしれません。 ごはんを作る。 おむつを替える。 病院に連れて行く。 治療について悩む。 自分で出来ていたことが減って、手助けが必要になると、日常の中に、たくさんの「接点」が生まれるからです。 でも、肉体がなくなれば、 その接点は一気に無くなってしまう。 だから、こころの中の割合が減っていくのは、ある意味、とても自然
1月28日


ありがとう、2025年
2025年が終わろうとしています。 今年一年を振り返ってみると、 くるみの身体を見送ったこと―― それがすべてでした。 その日のことはなるべく思い出さないようにしているけど、本当に悲しかったし、自分の人生で一番泣きました。 僕ね、あんまり家族を含めて人前で泣かないタイプなんですが、あの日はRenaママ、すぐに駆けつけてくれたAtsuママ、Mさんを差し置いて泣きわめきました。 普段のように人に気を遣ったり、人目を気にすることもなく、まるで世界に自分とくるみしかいないかのように。 ありのままの自分でくるみの死に向き合った、 そんな時間でした。 2023年11月にくるみの介護期が始まって以来、 ずっと別れの足音に怯えながら生活してきました。 次はお花見、 次は花火大会、 誕生日に、クリスマス... 「まだまだ」 「もっともっと」 設定した目標をいくつクリアしても「一緒にいたい」という欲は際限がありません。 でも、物事にはかならず はじまりと、終わりがある。 すべてのことは「期間限定」です。 永遠なんてものは存在しない。 だからこそ、 今を大切にしないと
2025年12月31日


きみのお気に入りの服
ある日、 何気なく大量に残されたくるみの服の山を眺めていた時のこと。 突然、ずっしりと重苦しい何かが僕のこころにのしかかってきました。 「もうこの服たちをくるみに着せることはないのか…」 「もう誕生日やクリスマスのプレゼントに、 どんな服をあげようか悩むことはないのか…」 思えば、この残された服たちにはたくさんの楽しみをもらいました。 どんな色が似合うか、選ぶ楽しみ。 新しい服を着て、出かける楽しみ。 そして、思い出の場所で、写真を撮る楽しみ。 「服」という物質を通して、その全てがなくなっちゃったんだ…と感じたことで、「くるみの肉体がない」という現実が僕の中でより色濃くなった気がしたのかもしれません。 このブログを読んでいるみなさんの中にも、そんな感情を味わったことがある方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。 ************************************************* この悲しみにも似たネガティブな感情を、何とかひっくり返してやろうと考えに考えた結果、mementoから新しい商品が生まれました。 商品名
2025年12月11日


きみは...
ペットを家族のように、もしくはそれ以上の愛情を注いで育てる人が増えている昨今。 「あなたにとって、○○ちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、みなさんはどのように答えますか。 家族のような 友達のような 宝物のような いろいろな答えが返ってきそうです。 (ぜひ、コメント欄やDMで教えてくださいね。) もし僕がみなさんから「あなたにとって、くるみちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、どう答えるかな。 ひとつに絞るのはとっても難しいですよね。 もちろん家族だし、親友であり、 時に恋人のような存在でもある。 僕は子供がいないので、 娘のように大切に思う気持ちもあります。 でも、くるみの肉体が無い今、 どれか一つと言われたら── それは「こころ」かもしれません。 今まで僕は、いろいろ悩んだり、迷ったりしたときに「ねぇくるみ...」と問いかけてきました。 それはくるみの肉体が無くなった今も変わりませんし、むしろ、より強くなったようにも感じます。 ご存じの通り、こころには形がありません。 「くるみだったらどう思うかな」 そう思うこと自体が、 こころの在
2025年10月21日


くるみへのラブレター
くるみが旅立ってから半年が経ちました。 今、僕らはくるみの墓碑を準備しています。 墓碑の樹種(木の種類)が決まり、 刻印するシンボルマークが決まり、 名前や生没表記のフォントが決まり。 最後に、くるみに送るメッセージです。 以前にもBlogで少しお話ししましたが、 memento(メメント) はくるみが旅立ったあと、僕らが前向きに生きていくために立ち上げたブランドです。 カテゴリーとしては「ペットメモリアル」なので、=ペットのためのブランドと思われがちですが、どちらかと言うと飼い主さんのためのブランドだと思って活動しています。 「死や喪失」という暗く悲しい側面にフォーカスするのではなく、「共に過ごせた時間への感謝」と「それを生きる力につなげていく」ということ。 それがこのmementoというブランドの存在意義です。 ************************************************* この話をBlogやInstagramでするのは初めてなんですが、以前、テレビでこんなシーンを目にしました。 それは「孤独死」をテーマに
2025年10月14日


今日で半年
2025年10月11日。 4月11日から、今日で半年。 やっぱり「もう半年かぁ...早いな」と言う気持ちと、「まだ半年しか経ってないのか...」と言う相反する感情が入り混じっています。 これは一か月の時も、三か月の時も同じ。それは、この先もずっと同じなんじゃないのかなぁと思...
2025年10月11日


くるみのAFTER LIFE
僕は現在、くるみのインスタグラムのプロフィールをこんな表記にしています。 2008.11.04 - 2025.04.11 - 2025.04.11ではなく、2025.0411 - にしてるのは、気休めではなく、“その後”の時間にもちゃんと意味があると思うから。...
2025年9月23日


Tow Months After
今日は、2025年6月11日。 今日で2カ月。 くるみ、2回目の月命日。 「もう2カ月か...早かったな」 「まだ2カ月しか経っていないのか...」 どちらの気持ちもある不思議な感じです。 でも、確かに「月命日」って特別な日だけど、やっぱり金曜日の朝と、火葬した土曜日の午後...
2025年6月11日


THE DOG'S LIFE
僕にとって、 非常に思い入れのある商品ができあがりました。 この商品の構想が始まったのは、 2025年3月。 くるみが旅立つ、 ほんの1か月ほど前のことでした。 mementoの精神を形にしたような、 メッセージ性のあるポスターを作りたい。 そう思い、熊本・天草を拠点に活版印刷を続けている「NINELETTER PRESS」さんに企画を持ち込みました。 活版印刷は、1445年にヨハン・グーテンベルクが発明した印刷技術。日本へは、天正少年使節がヨーロッパから持ち帰り、1591年に天草へと伝えられたといいます。 活字を一つずつ組み合わせて文章をつくり、 一枚ずつ職人が丁寧に刷り上げる─ そんな、 時を越えて受け継がれてきた手仕事です。 今回、オリジナルポスターの題材に選んだのは、イギリスに古くから伝わる、あることわざ。 「子供が生まれたら、犬を飼いなさい」 この言葉を元に、mementoが英文で新たにメッセージを構成し、活版印刷でオリジナルデザインのポスターに仕上げました。 **************************************
2025年6月2日


Week Four – One Month After
5月9日、4週目の朝。 やっぱり金曜日の朝はこころが沈みます。くるみが旅立った日の部屋の空気感や、自分の声が勝手に頭の中で再生されて、悲しく、重苦しい気持ちになってしまいます。僕は「命日・月命日」よりも、「金曜日の朝」のほうがセンシティブになってしまうみたいです。もう1か月...
2025年5月13日
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