ねぇくるみ
- 3 日前
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ねぇくるみ
今日はきみの
はじめての命日だよ。
僕はあの日を思い出して苦しくなったり、
きみへの想いが今も変わらないことに
温かい気持ちになったり、
なんだかとても複雑だよ。
でも、思っていたより穏やかに過ごしてる。
きみにとってはどんな日なんだい。

誕生日や、うちの子記念日とは違って、
盛大に祝われるようなもんでもないしね。
へんな気分だろ。
でも、みんなに注目されるのが大好きだから
結構よろこんでるかもしれないね。
さっき、Instagramに動画をアップしたから
みんながきみのことを想ってくれているはずだよ。
今日もベランダで日向ぼっこをしながら
上目遣いでこっちを眺めていたから
ちゃんとわかってるだろうけど、
僕らはきみの話をしながら一日を生きたよ。
この一年間、
毎日ずっとそうしてきたのと同じように。

ねぇくるみ
僕は、
Blogでも、Instgramでも
きみと過ごした最後の朝の、
最後の瞬間がどんな様子だったかを
書いたことはない。
それは僕らだけのものだから。
大切に胸のなかにしまってあるよ。
取り出してみると棘のように刺さるけど、
その痛みもきみと過ごした大切な思い出なんだ。

仕事の帰り道、
ときどき遠回りをして、
何度も何度もきみと歩いた
あの桜の木の前を通るんだけどね。
今年もまた
この満開の桜の前で写真を撮ったよ。
みんなできみの話をしながら。
ひさしぶりにきみと一緒に
あの堤防沿いを散歩した気分だった。

僕はやっぱりどうしようもないバカだから、
きみがずっと生き続けるものだと思っていた。
きみが発作を起こして倒れたあの日まで。
20年でも、30年でも
ずっと僕のそばにいてくれると。
なんとなく
そんな都合のいい筋書きを
夢想していたんだ。
でも、きみはちゃんと自然に衰え、
ちゃんと僕の元から巣立っていった。
そうやって、そんな方法で、
「何事にも終わりがある」ことを教えてくれた。
弱々しく頼りない僕に、
こころの準備をする時間もくれた。
腰が重くて後回しにしがちな僕に、
「今を生きること」の大切さを教えてくれた。

ねぇくるみ
きみがいなくなったあとの僕らは、
きみの目にはどう映ってるんだろう。
きみに褒めてもらえるように、
誇りに思ってもらえるように、
僕らは精一杯、
今日を生きているつもりなんだ。

ねぇくるみ
僕らは今日も、きみを想うよ。



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