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ねぇくるみ
~ 僕らは今日もきみを想う ~
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ありがとう、2025年
2025年が終わろうとしています。 今年一年を振り返ってみると、 くるみの身体を見送ったこと―― それがすべてでした。 その日のことはなるべく思い出さないようにしているけど、本当に悲しかったし、自分の人生で一番泣きました。 僕ね、あんまり家族を含めて人前で泣かないタイプなんですが、あの日はRenaママ、すぐに駆けつけてくれたAtsuママ、Mさんを差し置いて泣きわめきました。 普段のように人に気を遣ったり、人目を気にすることもなく、まるで世界に自分とくるみしかいないかのように。 ありのままの自分でくるみの死に向き合った、 そんな時間でした。 2023年11月にくるみの介護期が始まって以来、 ずっと別れの足音に怯えながら生活してきました。 次はお花見、 次は花火大会、 誕生日に、クリスマス... 「まだまだ」 「もっともっと」 設定した目標をいくつクリアしても「一緒にいたい」という欲は際限がありません。 でも、物事にはかならず はじまりと、終わりがある。 すべてのことは「期間限定」です。 永遠なんてものは存在しない。 だからこそ、 今を大切にしないと
2025年12月31日


きみのお気に入りの服
ある日、 何気なく大量に残されたくるみの服の山を眺めていた時のこと。 突然、ずっしりと重苦しい何かが僕のこころにのしかかってきました。 「もうこの服たちをくるみに着せることはないのか…」 「もう誕生日やクリスマスのプレゼントに、 どんな服をあげようか悩むことはないのか…」 思えば、この残された服たちにはたくさんの楽しみをもらいました。 どんな色が似合うか、選ぶ楽しみ。 新しい服を着て、出かける楽しみ。 そして、思い出の場所で、写真を撮る楽しみ。 「服」という物質を通して、その全てがなくなっちゃったんだ…と感じたことで、「くるみの肉体がない」という現実が僕の中でより色濃くなった気がしたのかもしれません。 このブログを読んでいるみなさんの中にも、そんな感情を味わったことがある方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。 ************************************************* この悲しみにも似たネガティブな感情を、何とかひっくり返してやろうと考えに考えた結果、mementoから新しい商品が生まれました。 商品名
2025年12月11日


きみは...
ペットを家族のように、もしくはそれ以上の愛情を注いで育てる人が増えている昨今。 「あなたにとって、○○ちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、みなさんはどのように答えますか。 家族のような 友達のような 宝物のような いろいろな答えが返ってきそうです。 (ぜひ、コメント欄やDMで教えてくださいね。) もし僕がみなさんから「あなたにとって、くるみちゃんはどんな存在ですか?」と聞かれたら、どう答えるかな。 ひとつに絞るのはとっても難しいですよね。 もちろん家族だし、親友であり、 時に恋人のような存在でもある。 僕は子供がいないので、 娘のように大切に思う気持ちもあります。 でも、くるみの肉体が無い今、 どれか一つと言われたら── それは「こころ」かもしれません。 今まで僕は、いろいろ悩んだり、迷ったりしたときに「ねぇくるみ...」と問いかけてきました。 それはくるみの肉体が無くなった今も変わりませんし、むしろ、より強くなったようにも感じます。 ご存じの通り、こころには形がありません。 「くるみだったらどう思うかな」 そう思うこと自体が、 こころの在
2025年10月21日


僕らのこと
7月の後半から体調を崩し、 二人で二週間ほど寝込んでいました。 ようやく回復してきたところです。 今年の夏風邪は、ちょっとたちが悪いみたい。 ブログも少し間が空いてしまいました。 2025年8月11日。 今日は、くるみの4回目の月命日です。 今日は、「僕らの話」をしようと思います。 以前、FRENCHBULLDG LIFEの取材でも話しましたが、僕は一度離婚を経験しています。だから、くるみの家族構成は少しだけ複雑です。 くるみにはママが二人います。 16年前に僕と一緒にくるみを迎えた Atsuママ。そして、13歳からの3年間を過ごした Renaママ。 どちらも、くるみにとって大切なファミリーです。 我が家にきたばかりのくるみ 2009年4月 25歳のとき、僕はくるみを迎え入れました。けれど30歳を過ぎたころから、自分の弱さや未熟さのせいで、家族に悲しい思いをさせてしまいました。 35歳のときにAtsuママと別れ、 僕とくるみの二人暮らしが始まります。 別れるとき僕らは、こう約束しました。 「一緒に迎えたのだから、 最後までくるみに関わろう」...
2025年8月11日


イマジネーションの世界で会いましょう
そろそろ、くるみを見送ってから四十九日を迎える頃だよなぁと思っていたら、実は今日がその日らしい。 でも、僕は仏教徒じゃないから四十九日を信じていないし、特に気にしていません。 このBlogは海外の方も見ているから一応説明すると、日本人の多くは仏教的な思想を持っていて、四十九日っていうのは亡くなった人や動物の魂が、死後49日目にあの世(天国)に旅立つ、みたいな感じ。 そして、年に1回、お盆っていう夏の時期にだけ、こっちの世界に戻ってくると信じられています。 別に仏教思想を否定する気はないけど、いつも離れ離れで年に1回しか戻って来られないなんて、僕は嫌だから。せっかく身体がないんだから、魂の居場所は自由だと思いたい。 ニューヨークのセントラルパークでお散歩してみたり、アフリカのサバンナを駆け回ったり、好きな時に好きな場所に瞬間移動できる。お空で友達と遊ぶのも、家で昼寝するのも、僕が困っていたら駆けつけるのも自由自在。 身体があった頃は無理だったけど、僕らにくっついてコンビニにも入れる。それが僕の考え方。 そのほうが楽しいし、僕も心強いから。...
2025年5月29日


memento
僕がブランドを立ち上げたのは、今から数年前のこと。 ブランドの着想を得たのは5年くらい前だったかな。くるみが10歳過ぎて、シニア期に入り、避けては通れない別れについて、ほんのちょっとだけ意識し始めた頃でした。 当時、僕は離婚したてで、くるみと二人暮らし。友人たちからは「あなた、くるみちゃんいなくなったらどうするの...?」と言われる状態でした。「たしかにそうだよな...くるみがいなくなったら、自分はどうなるんだろう...」漠然とした不安に胸が重苦しくなりました。 自分がどうなるかはいくら考えてもわからなかったけど、どうなりたいかは少しずつ少しずつ見えてきました。それは、いつまでもくるみを想い、つながっていたいということ。過去にしがみつき、後ろ向きに思い出を引きずるのではなく、くるみを想う気持ちが今日を生きる原動力に変わる。そんな自分でありたいと願ったのです。 そこで、 “memento”(メメント) というブランドを立ち上げました。 mementoは「記憶する」を意味するラテン語に由来する言葉で、「思い出の品・形見・記念品」という意味があります。
2025年5月21日
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