イマジネーションの世界で会いましょう
- Tatsuya Fukuchi
- 5月29日
- 読了時間: 4分
更新日:7 日前
そろそろ、くるみを見送ってから四十九日を迎える。と、思っていたら、実は今日がその日らしい。
でも、僕は仏教徒じゃないから四十九日を信じていないし、気にしてない。
このBlogは海外の方も見ているから一応説明すると、日本人の多くは仏教的な思想を持っている方が多くて、四十九日っていうのは亡くなった人や動物の魂が、死後49日目にあの世(天国)に旅立つ、みたいな感じ。そして、年に1回、お盆っていう夏の時期にだけ、こっちの世界に戻ってくるって言われている。
別に仏教思想を否定する気はないけど、いつも離れ離れで年に1回しか戻って来られないなんて、僕は嫌だ。せっかく身体がないんだから、精神の居場所は自由だと思いたい。ニューヨークのセントラルパークでお散歩してみたり、アフリカのサバンナを駆け回ったり、好きな時に好きな場所に瞬間移動できる。お空で友達と遊ぶのも、家で昼寝するのも、僕が困っていたら駆けつけるのも自由自在。昔は無理だったけど、僕らにくっついてコンビニにも入れる。そう信じてる。そのほうが楽しいし、僕も心強いから。魔法のランプを擦ったらどこにでも現れる、ランプの魔人・ジーニーみたいな感じかな。それが僕の思想です。

少し話が飛ぶようだけど、Mr.Childrenの桜井さんがあるライブでこんな話をしてくれました。彼の言葉で綴ったほうがしっかり伝わりそうなので、なるべくそのまま書いてみます。
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みなさんの前でラブソングを歌うにあたって、「一体、愛とは何なのか?」を調べて参りました。インターネットで....(笑)
いろいろなことが書かれていますし、しかも愛の領域があまりにも広範囲なので....親子愛、恋愛、地元愛、自己愛、みんな愛なんです。あまりにもその領域が広すぎて、僕が望むような回答はどこにもなかったんですね。それで、「愛」っていう言葉の反対語は何なのかを調べてみました。愛の反対語を調べてみると、「憎しみ」だと書いてあるものあれば、「無関心」だと書かれているものもありました。で...ちょっとこの話は一回横に置いておきます。
僕が知っている、愛にまつわる大好きなエピソードがあるんですけど、それは「ブッダ」の中の話です。仏教のブッダ(仏陀)です。
子供を失った母親が、どうしてもその現実を受け入れることができずに、我が子を抱きかかえたまま仏陀のもとにやってきました。疲れ切った母親が「何とかこの子を生き返らせてください」とブッダに頼むと、彼はこう言うんです。「では、町に行って芥子の花の種をもらってきてください。ただし、種をもらう家は“一人も死者を出したことのない家族”でなければなりません。」それを聞くと母親は、一目散に町に走って行って、一日中花の種を探してまわります。でも、どの家を訪ねても、種は見つからない。なぜなら、どこの家も大切な人を失う経験をしているからです。疲れ果てた母親は、そのことを悟ってブッダのところに戻ってきます。するとブッダはこう言うんです。
ここからが、愛にまつわるエピソードなんですけどね。
「生きている子供は、生きたまま愛せばいい。でも、死んでしまった子供は、死んだまま愛せばいいのです。」
僕はその話を聞いたときに、殴られたようなすごい衝撃と、でも同時に優しくて、大きなものに包まれたような、そんな感覚を覚えました。で、さっき置いておいた「愛」の話。
「愛とは何か」
僕は哲学者でも宗教家でもないけど、ちょっとだけ思うことがあって、それは「愛とは想像力なんじゃないか」ってことなんです。でもそれを言葉ではうまく伝えられないので、音楽だったらなんとなく伝わるんじゃないかなと思ってます。たくさんの想像力をもって、次の曲を聴いてください。
Mr.Children Stadium Tour 2015 未完
2015年9月6日 横浜・日産スタジアムにて
MCについては実際の公演内容を元に引用
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冒頭にした「僕は四十九日は信じないよ」っていう話と、桜井さんの「ブッダが説いた愛」の話。仏教思想を否定してるんだか、肯定してるんだかよくわからないけど、僕は共通点があるように思います。
このBlogのタイトルである『ねぇくるみ~僕らは今日もきみを想う~』はまさに想像力そのもの。だから、僕は想像力をフル稼働させて、これからもくるみを愛していこうと思うのです。
「想像力」って人間だけに与えられた素晴らしい能力だから。
今日もイマジネーションの世界で会いましょう。
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