ママになった日
- 4月19日
- 読了時間: 4分
「くるみちゃんママ」
今では当たり前のようにそう呼ばれる私ですが、
最初はその響きが自分の中にうまく着地しませんでした。
くるみとパパが歩んできた13年の軌跡。 その続きを共に描くことになった私にとって、 「ママ」という言葉は、
借り物の服のように落ち着かないものでした。
*************************************************
くるみとの初めての出逢いから、
しばらくして三人での暮らしが始まりました。
再び始まった、犬のいる風景。

毎日の散歩、触れ合う時間、
三人で過ごすおうち時間。 そのすべてが新鮮で、楽しくて、 仕事の疲れも一瞬で消えるほど癒されていました。
心の底から「幸せだな」と、
毎日の生活を噛み締めていたんです。
けれど、三人で過ごしている時には見えない くるみとの「距離」を、
ふとした瞬間に思い知らされることがありました。
パパが出かけて初めて二人でお留守番をした日、 くるみは、
不安げに玄関のドアをじっと見つめたまま動かず、 パパが帰って来るまで鳴き続けました。 私は、そんなくるみに対して
どう接したらいいのか分からず、
「大丈夫だよ」と声を掛ける事しかできず、
あの時感じた虚しさは、今でも覚えています。

くるみがパパに向ける表情と、 私に向ける表情はどこか違って見えて、 「私の知らないくるみ」を、
パパはきっとたくさん知っているのだろうな、と。
出会う前の時間。 二人だけで過ごしてきた日々。 そこに、ほんの少しだけ
入り込めない寂しさがありました。
「どこまでやっていいのだろう」 「私はくるみにとってどんな存在でいたらいいのだろう」 あの頃の私はまだ、 くるみに対してどこか遠慮のような気持ちを抱えていました。 自分の子というよりも、 くるみはあくまでもパパの子で 、 私はどこか一歩引いたところから見ている感覚。 それでも、
毎日同じ屋根の下で、
同じリズムで過ごしていくうちに、 少しずつ、私とくるみの間にも
「二人の時間」が積み重なっていきました。
朝の「おはよう」から、夜の「おやすみ」まで。 日課のお散歩や、ソファで並んで過ごす時間。
くるみが楽しいと思うことを、私も一緒に楽しむ。
そんなシンプルな毎日でした。
決して特別な出来事があったわけではありません。

何気ない日々を重ねていくうちに、 いつのまにか玄関の前でパパの帰りを待つのは、
二人になっていました。 そしてもうひとつ、 自分の中で明らかに変わったことがありました。 それは、
くるみに対して「遠慮」がなくなったことです。 パパのパートナーとしての私ではなく、
くるみと向き合う家族の一員として。
ただ可愛がるだけでなく、
ダメなことはダメと怒り、
本音でぶつかるようになりました。 怒った後に「ちょっと言いすぎちゃったかな」 と、 落ち込むこともあるけれど、 そうやって、
くるみに対して心が揺れ動く毎日の中で、 私の中に「親」としての心が、
少しずつ芽生えていきました。

その頃からだったのかもしれません。
「くるみちゃんママ」
そう呼ばれるたびに感じていた、
どこか借り物のようなむず痒さが消え、
その響きがすとんと自分の中に落ちてきたのは。
それは、私が無理に歩み寄ったからではなく、 くるみと一緒に過ごす何気ない毎日が、
私を「ママ」へと育ててくれたのだと感じています。
「後から来た私が、どこまで踏み込んでいいのだろう」
そんな遠慮という名の壁を壊せたのは、
私自身の力ではありません。 時間を重ねる中で、 くるみが少しずつ私を信じて、 不器用な甘え方を見せてくれたり、
可愛いわがままを言ってくれたり。
そうやって、ゆっくりと心を開いてくれて、 それが「あなたなら甘えても大丈夫」
という合図のように思えたのです。

くるみが私を必要としてくれることが、 何よりも自信になっていきました。 13年という長い物語の続きに加わった私を、 くるみは彼女なりのペースで、 少しずつ、でも確かに、
優しく迎え入れてくれていたのです。
私の迷いを消してくれたのは、
くるみの真っ直ぐな瞳でした。
いつしか、
パパとくるみが築いてきた歴史を羨むのではなく、 「これからは3人で、どんな時間を重ねていこうか」
と、 未来のことばかり考えるようになっていました。 どこか「パパとくるみの物語」を
外から眺めていたような私の毎日は、 いつしか、三人で一歩ずつ積み上げていく
「私たちの暮らし」に変わっていきました。

そうして始まった
本当の「家族」の姿は、
綺麗な思い出だけではありません。
次に私を待っていたのは、
ママとして向き合う、少し泥臭くて、
でも、とっても愛おしい毎日がまっていたのです。



コメント